理由を箇条書きで
・駅で展開することの必然性が遅延ならあるが、ファッションはない
・ファッションはJR企画ではなく、アパレル業界が駅という空間を利用したインスタレーションの様な気がしたこと
・シンプルさこそがバイラルを生む
・前々年も前年もリアルな現実空間だけで完結
している(twitterなどの新しいメディアを利用していない)
・視覚的に見てすぐ理解できるサービス(シンプルさにつながるのでしょうか)
で、ここでタイトル
A,【遅延 de ekijo】
B、【概要】
駅の仕事人・ekijoを介したJRと利用客との双方向コミュニケーション。電車が遅延すると、予定が狂うだけでなく、人が殺到して遅延証明書を貰うのにも一苦労で、誰しも不満やイライラを募らせることだろう。そんな時、かわいい女の子扮するek
ijoが申し訳なさそうに『ごめんね』と言ってくれたらどうだろう。きっと、遅延に対するイライラは、いつの間にか許容に変化しているのではないだろうか。ekijoが人々の心を癒す救世主になってくれる。
C【図】


【緊急時】
ユーザーはekijoにtouchするとデジタル遅延証明書が貰える。無くす心配はないし、手で持つ紙の遅延証明書の煩わしさも解消できる。ユーザー同士は、何か同じことを共同で行う訳ではないので強いつながりは生まれないだろうが、ekijoの癒し効果でマイナスからプラスへの感情の変化という部分で結合するのではないか。また、仕組みがシンプルな分、口コミも期待できるのでは!?
【通常時】
別のサービスを導入すると、みんな混乱するかもしれないし、遅延というサービスの優位性が薄れると思うので、改善の余地はまだまだあると思いますが、単なる情報の提供に留まった方がいいのかなと。朝、昼、晩でekijoが話しかけてくれる言葉が違うなどの様に。そのため、通常時にこのサービスを認知させるには、ekijoそのものよりもekijo周辺の装飾などで認知させる方法もあるのかなと思いました。
また、今日ちょうど遅延に遭遇したのですが、その時の印象もまた後で詳述させて頂きます。
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